ゲーミフィケーションの学習効果「姿勢の変化」に期待。経済産業省発表“デジタル人材育成に関する調査事業”に関する報告書説明会 開催レポート

  • 2024年8月20日
  • 2024年8月20日

経済産業省が発表した報告書「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」※1に関する説明会が、2024年7月に東京都内で行われました。説明会には、同事業の有識者による研究会の座長を務め、学習におけるゲーミフィケーションの第一人者でもある東京大学 大学院情報学環 准教授 藤本徹氏をはじめ、同事業の報告書を中心的にまとめたKPMGコンサルティング株式会社 シニアマネジャー 岩田理史氏とシニアコンサルタント 髙野洋介氏の3名が登壇しました。


※1:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/2024_gamification-jinzaiikusei.html

「地域デジタル人材育成・確保推進事業」で、なぜゲーミフィケーションを取り上げたのか

同事業は、ゲーム産業のノウハウを他産業へ活用し、人材育成等の社会に内在する課題の解決が図られること、およびゲームの社会的価値の更なる向上を目的とされており、ゲーミフィケーションを活用した社会課題を解決するきっかけづくりを目指しています。
アプローチ方法は、主に3点。1.人材育成(学び)の領域において、ゲーミフィケーションを活用した教育現場への「ヒアリング」を基にした調査・分析。2.それらに付随した「デスクトップリサーチ」。3.「有識者による研究会」を設置し、ゲーミフィケーションの教育に与える効果とその導入、さらには活用拡大に向けた提言としての取りまとめです。同報告書は、特にその中でも、教育分野についてのゲーミフィケーションの効果および普及させるための課題感・方針などをまとめた内容となっています。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より

同事業の背景は、急速に拡大しているDX(デジタルトランスフォーメーション)と、それらを扱うデジタル人材が不足していることが大きく影響しています。デジタル人材の育成は、国家アジェンダとして2026年までに230万人を確保すると掲げられており、その対応が急務とされる課題です。ただ、今回、ゲーミフィケーションに着目している理由として以下の3点を挙げています。

  • 例えばポイントとして還元するという“個人的な課題”に対する活用から、高齢者の認知症予防やフレイル対策など“社会課題”まで「多岐にわたる分野に対して極めて有効な方策になると捉えていること」
  • 「効果として学習意欲を向上・継続させるというゲームの持つ価値・特徴が、教育とフィットすると考えられること」
  • 人材育成とゲーミフィケーションが「ユーザー視点やデータ活用などの観点で非常に親和性が高いこと」

事例としては、幅広い活用が見られるものの、対象領域の拡大や方法論のブラッシュアップという観点から経済産業省およびKPMGコンサルティングも、ゲーミフィケーションに対して期待を寄せています。なお、同事業では、ゲーミフィケーションを「ゲームの持つ効果を他分野に転用すること」と定義しています。

ゲーミフィケーションの効果。知識、マインド・スキルに加え、学びに対する姿勢に影響

世の中にあるゲーミフィケーションを活用した先行事例はどのようなものか。同調査ではゲーミフィケーションの担い手を中心に、学習への効果をヒアリングしたうえで、「ガニエの学習効果の5分類※2」や「ARCSモデル※3」などの既存フレームワークを用いて学習への効果を以下の通りまとめています。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より


※2:ガニエの学習成果の5分類は、アメリカの学習心理学者ガニエ(Robert M. Gagne)によって提唱された学習目標を体系的にまとめた学習成立条件の差による分類法。「言語情報」「運動技能」「知的技能」「認知的方略」「態度」がある。
※3:ARCSモデルは、1983年にアメリカの教育工学者ケラー(John M. Keller)によって提唱された学習意欲向上のための動機づけのモデル。その要素は、「Attention(注意喚起)」「Relevance(関連性)」「Confidence(自信)」「Satisfaction(満足)」。

ゲーミフィケーションの学習への効果として見逃せないのは、学習者の「学びに対する姿勢の変化」をもたらすこと。つまり、学習者を学習対象に向かわせ、継続させることなどの動機づくりに貢献することがわかりました。学習は、反復することにより知識が定着するため、その効果として得られることも多く、学習に対する姿勢が影響するというポイントはとても重要なファクターとなり得ると考えられます。そのうえで、「知識の向上」と「マインド・スキルの向上」に学習効果が発揮されるという仕組みが明らかにされています(これら3点の学習効果をここでは、便宜上「ゲーミフィケーションの学習効果3分類」とします)。

ただし、この3点ではまだ粒度が粗いため、同報告書では、「OECD(経済協力開発機構)」が提唱する2030年学習フレームワーク「ラーニング・コンパス※4」を参照し、子どもたちが2030年以降も活躍するために必要なコンピテンシー(行動特性)に関する幅広いビジョンと教育現場で取り入れやすいようにまとめられた「キーコンセプトの概念」に従って、ゲーミフィケーションが発揮する学習への効果をより詳細に整理しています。


※4:ラーニング・コンパスは、未来の教育システムに向けたビジョンと基本原則を提供している「OECD(経済協力開発機構)」が提唱する2030年学習フレームワーク。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より ※朱字は、対応箇所を明確化するために編集部で追記

また、効果を発揮するための要素については、ゲーミフィケーションを事業領域としてサービス提供する株式会社セガ エックスディーが提唱する、人間の欲求を72項目に分類したフレームワーク「Oボード®※5」を、取り入れるべき「ゲーミフィケーションの要素」として組み合わせ、前述した「ラーニング・コンパス」の「キーコンセプトの概念」と対応させて整理しています。


※5: Oボード®は、セガ エックスディーが提唱するプロダクト設計フェーズにおける汎用的なフレームワーク「CXのあいうえお」のひとつ。時間軸と対象によって分類された9つの欲求を中心とする3×3の周り8マスに属性に関連するゲーミフィケーション手法が記載されている。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より

例えば、「ARCSモデル」による分類の“注意”という項目では、「ゲーミフィケーションの学習への効果」が“好奇心”や“目的志向”といったコンピテンシー(行動特性)に発揮されると捉え、「ゲーミフィケーションの要素(上記表の一番右側に記載)」という項目では、「Oボード®」の要素より抽出して対応させています。「このゲーミフィケーションの要素であれば、こういった効果が得られる」というように整理をしている対応表です。
他に、「ゲーミフィケーションの学習効果3分類」の「マインド・スキルへの効果」、「知識への効果」についても同報告書にまとめられていますのでご興味のある方は、併せてご参照ください。

また、同報告書には、「株式会社イオンファンタジー(ゲームカレッジLv.99)」「株式会社セガ(ぷよぷよプログラミング)」や「株式会社ライフイズテック」などゲーミフィケーションの活用事例が紹介され、代表的な効果やポイントを分析しており、興味深い内容となっています。

ゲーミフィケーションは、性質を理解した上で、活用することにより効果が得られる

前述の通り、ゲーミフィケーションは学習に対し、一定の効果を発揮するが、扱いに注意する必要もあるといいます。そのポイントとして、大きく3点を挙げています。

  1. 学習科目の難易度が高い
  2. 学習者のモチベーションが高いケース
  3. 学習目的とゲーム要素が対応しないケース

「学習科目の難易度が高い」場合は、ゲーミフィケーションの手法が必ずしも当てはまらない場合もあるといいます。例えば、「数学III・C」の内容をステップ分けすることによりゲームにするなど、その活用には向き不向きがあることには留意しておく必要があるようです。また、「学習者のモチベーションが高いケース」については、逆にモチベーションを下げることにもなりかねないため、注意が必要とのこと。そして、「学習目的とゲーム要素が対応しないケース」。それは、ゲーミフィケーションに面白さを出すためには、エンタテインメント性が必須であるが、面白いコンテンツが必ずしも教育に応用できるとは限らない場合もあるということです。例えば、コナミグループの人気ゲームシリーズ「桃太郎電鉄」が近年教育機関での導入が進んでいますが、「教育機関によってはボンビー(桃太郎電鉄の悪役キャラクター)が教育に好ましくないため、入っていると教材にすることはできない」とされるケースもあるようです。
前述のように、ゲーミフィケーションは万能ではない。しかし、その効果と方法をしっかり理解し、マッチすれば、効果を発揮します。そういった手法であることを理解した上で、活用することが好ましいと言えそうです。

教育現場への導入方法と主なステップ

また、ゲーミフィケーションの導入方法についても、検討・整理されています。同事業の第1回研究会で、有識者の意見より「教職員サポートの充実が学校教育現場におけるゲーミフィケーションコンテンツの導入拡大において重要」との仮説が抽出されました。それらの仮説をもとに、ゲーム会社やゲーミフィケーション事業者、そして教育現場の教職員および教育委員会に対してヒアリングを実施して、すでに導入に成功している導入パターンと導入ステップから導入方法について整理しています。

導入パターンとしては、「ゲーム会社伴走型」「コーディネーター主導型」「事業者主導型」の主に3つ。「ゲーム会社伴走型」は、既存のゲーム会社が、教育機関向けのバージョン制作や教職員のサポートを行うもの。また、「コーディネーター主導型」は、地域の政策アドバイザーや、各地のeスポーツ協会など、コンテンツ提供者(ゲーム会社等)と学校教育現場の両方を理解している人材、いわゆる“コーディネーター”が教育現場とゲーム会社をつなぐパターン。そして、「事業会社主導型」は、ゲーミフィケーション効果をサービスに組み込み提供している事業者が、教職員のサポートまで一括で行うパターンがあるといいます。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より

導入のステップは「認知・関心」「導入」「運用」にまとめられ、特に「認知・関心」「導入」段階では、丁寧なコミュニケーションを行い、サポートコンテンツを充実化することで、いかにして導入リスクを抑制し、教職員の不安を解消していくかが求められます。さらに「運用」段階では、コミュニティーの形成やセミナーなどの横つながりによってノウハウを共有し合うことにより、活用方法をレベルアップさせていくことが、学校教育におけるゲーミフィケーションコンテンツの新たな可能性の発掘に繋がり、取組みの拡大が見込まれています。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より

ゲーミフィケーションを機能させる主なスキルの考え方の整理

それでは、ゲーミフィケーションのコンテンツを供給・導入するにはどのような人材が必要になってくるのでしょうか。一口に、ゲーミフィケーションの担い手といっても、単純に「開発人材を増やせばよい」わけではないとのこと。ゲーミフィケーション活用の“社会的価値”、“社会課題を解決する可能性”というポイントにフォーカスすることにより、ゲーム制作スキルを持つ人材だけでなく、様々な観点から人材を集めることが、普及のポイントになるとしています。

そのため、ゲーミフィケーションを機能させるためには、「制作者」と「利用者」、双方のニーズが重要となり、どちらか一方にバランスが偏るとゲーム要素が損なわれてしまい、「利用されない」「コンテンツが利用シーンに適さず使えない」ということがおきてしまいます。そのため、利用者と制作者の間に立って調整できる「ファシリテーター」の存在が重要になるとのこと。また、普及に重要な人材という観点からも、ファシリテーターは求められる人材となると説明しています。

出典:「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」に関する報告書より

さらに、ゲーミフィケーションを機能させるためのスキルセットは2方向でまとめられています。
「利用者の課題感やニーズを抽出し分析するスキル」といった利用者に寄り添うポイントと、「抽出した課題感・ニーズを解決するアウトプットを制作者と形にするために必要なリテラシー/スキル」です。ただし、これだけ多岐にわたるスキルセットを一人で有していることは非常に稀なので、取り組みの中でスキルを獲得していくことや、それぞれの専門性をもった人材で構成されたチームで対応していくなど、柔軟な対応が求められるとしています。

さいごに

説明会の最後に、今回の研究会の座長を務めている藤本氏より、同調査が「教育・人材育成・社会課題解決など、今後のゲーミフィケーション活用における基礎資料になるであろう」とコメントがありました。藤本氏は、様々な知見が整理・集約できたことが非常に意義深いことである旨を述べて説明会が終了しました。

今回の説明会の内容から、ゲーミフィケーション普及において以下の2点がポイントとしてあげられるのではないでしょうか。

  1. 「周辺環境」と「個人のITリテラシー」がゲーミフィケーション導入の障壁になることが多い
  2. 子どものために良い教材を使いたいと日々探している熱心な先生が大勢いるが、実際は地域や教育委員会など、先生個人ではどうにもならないことが多い

それら課題を一つ一つクリアして、ゲーミフィケーションコンテンツを導入することは、他ならず子どもたちのためになることを考えると、しがらみを取っ払う必要性も感じられます。これらを整備して、子どもたちが楽しく学ぶことを選択できるように、我々大人たちで環境を整備していくいことが、必要ではないでしょうか。

また、説明会でも触れられていた、ゲーミフィケーションの取り組みの拡大については、効果を示すことによる「実証」、それらの効果が広く知らせるための「広報」、そして、取り組みのハードルを下げるための「導入支援」の3点が挙げられていました。手法論を体系化した今回の事業は、日本におけるゲーミフィケーションの普及にとって意義深いものになったのではないでしょうか。一方で、環境の整備をどのように進行していくのか、今後の具体施策が求められています。

ゲーミフィケーションが学習に取り入れられることは、近年徐々に増えてきました。ゲーミフィケーションという概念が広まってから10年あまり、国(省庁)がゲーミフィケーションを取り上げるようになったことは、一般化しつつあることへの現れであり、また、学習効果について、今回のように体系的にまとめられる機会は、これまでなかったのではないでしょうか。
今回、ゲーミフィケーションが「学びに対する姿勢の変化」に影響するということが示されました。ゲーミフィケーションを取り上げる立場として、ゲーミフィケーションは難しいものではなく、「学校の先生や現場の方々に広く知っていただきたい」という岩田氏ら登壇者の想いに共感し、この記事がより多くの方に伝わる一助となることを願っています。