【第二回】「ゲーミフィケーション」を用いたデジタルトランスフォーメーション(2)

■「衝動」で課題を解決し、人々を幸せに

前回の記事では、情報技術の発展が私たちの社会のあらゆる部分に変化を起こすことこそが「デジタルトランスフォーメーション=DX」の本質であり、この実現に「ゲーミフィケーション」が貢献しうるということをお伝えしました。今回はその理由について考えていきたいと思います。

 

私が所属するSEGA XDは「『衝動』で課題を解決し、人々を幸せに」をミッションとし、企業や社会が抱える様々な課題に私たちがゲーム作りで培ったエンタテインメントの力を掛け合わせることで解決していく「X-tainment Company」というビジョンを掲げた「エンタテインメントソリューション事業」を手がけている会社です。

 

ここでいう「衝動」とは、私たちが本能的にもっている「内発的動機」のことと言い換えることもできるでしょう。
ゲームを楽しんでいて「あと少し」といつまでもやめられずに思わず徹夜してしまった経験はないでしょうか。またはマンガや映画など、ゲーム以外のエンタテインメントでも同じような経験をしたことがある方は多いと思います。私たちはこれまでゲームというデジタルエンタテインメントの世界においてこのような「やらずにはいられない」というような動機付けの技術やノウハウを培っていて、それらをデジタルの普及した現実社会での課題解決にも活用できると考えています。

 

■左脳的価値観と右脳的な動機付け

『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク)という本があります。この本の中では人間の動機の源泉について、生存本能に基づいて行動する<モチベーション1.0>、飴とムチによる「If-Then式」の外発的動機付けを基本とする<モチベーション2.0>に続いて、内発的動機に基づく<モチベーション3.0>というものを定義しており、これこそがこれからの社会において重要なものであるとしています。これに関するTEDの動画も公開されています。

 

動画リンク

 

20世紀型の「アメとムチ」式の外的要因に基づく動機付け<モチベーション2.0>は「単純なルールと明確な答え」があるケース、効率が重視されるようないわゆる「左脳的」な価値観が重視される状況では有効ですが、それ以外の多くのケースにおいては、機能しないばかりでなくネガティブな要因とすらなり得ます。上述の動画の中でも、「企業内において金銭的なインセンティブは全体的なパフォーマンスに対しマイナスの影響を持ちうる」という説が紹介されているように、この「外的要因による動機付け」はいわば「左脳的な価値観」が有効であるような特定の社会条件や領域下においてのみ有効な方法です。社会の価値観が多様化している現在、多くの場面ではもはや外発的動機付けだけで人々を行動に駆り立てることは難しいでしょう。

 

現代はVUCAの時代と言われます。VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字ですが、この言葉で表現されるような課題の解決のためには、これまでよりもっと右脳的でクリエイティブな思考が求められるようになります。このような状況下でより重要とされるのが、内発的動機に基づいた「モチベーション3.0」であるというわけです。消費者の間でも価値観が細分化・多様化し、画一的な価値観に基づく動機付けというものが難しいというケースが増えているのではないでしょうか。こういったケースにおいて、人間の内発的動機に基づいた課題解決がより重要になってくるのです。

 

このような右脳的価値観、内発的動機付けに基づいて人間の行動の変容に働きかけることを得意とするのがまさに「ゲーミフィケーション」であるといえます。先に述べたように、ゲームの世界では以前からあらゆる手法を駆使して「面白いから、ついやってしまう」「なんだかやらずにはいられない」といった感情や体験を作ることに日々取り組んでいます。この、ゲームやデジタルエンタテインメントの世界で培ったノウハウを現実世界における企業の課題解決やマーケティングにおいて活かしていきたいと考えているのです。

 

■「合理的でない」人間の行動

行動経済学」という分野もまた、近年注目されている領域です。伝統的な経済学では、経済的合理性のみに基づいて個人主義的に常に利己的で合理的な意思決定を行う「経済人(ホモ・エコノミクス)」という人間の姿をモデルに置いていて、人間の感情や本能といった非合理な部分については考慮されないものでした。しかし現実の私たちは、常に合理的な行動を行っているといえるでしょうか?むしろ私たちの「人間らしさ」は、そのような合理性だけでは説明のできない、非合理的な部分にこそ潜んでいるといえるのではないでしょうか。このような非合理な振る舞いをする人間の行動について取り組むのが行動経済学であり、経済学と心理学の両方の側面を持つ分野です。

 

行動経済学の考え方においては、私たちは一見非合理な行動をしますが、それには一定の法則があるとされます。たとえば、多くの人は自分に不利なだけでなく他者が不利な扱いを受けるような不平等を好まず、これを回避するためには利他的な行動をとりうるという「不平等回避モデル」や、それが正しいかどうかに関わらず人々は他者と同じ行動や選択をしてしまう傾向があるという「ハーディング現象」などといった例は人間が群れの中で社会的動物として進化してきたことに根差した例であり、行動経済学の考え方を良く表す例と言えるでしょう。

 

私たちSEGA XD社のミッションの言葉に含まれる「衝動」も、この行動経済学の着目しているような人間の非合理な部分、ある意味で人間のより本質的ともいえる部分を指しているといえます。私たちはゲームで培ったノウハウによってこれにアクセスし、より「人間らしい」形での課題解決を世の中に提示していくことができると考えています。言い換えれば、人間の「衝動」を肯定してサービスや課題解決の中に組み込み、社会の中に実装していくことこそ、私たちの目指したい姿です。

 

■「遊ぶ存在」としての私たちとDX

ゲーミフィケーションに取り組む私たちが見ているのは、合理的だがある意味で非人間的ともいえる「ホモ・エコノミクス=経済人」でなく、人間活動の本質に「遊び」を見出す「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」の姿です。これは、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』によって提示された、あらゆる文化事象は遊びの中から生まれ、遊びの要素を持つという考え方です。

 

今回みてきたように人間の本質には非合理性があり、あらゆる活動の根本には「遊び」があります。そして私たちを強く行動に駆り立てるものがそのような本能に根差した「衝動」なのであれば、生活のあらゆるものがデジタル化してサイバー空間と融合したデジタルトランスフォーメーション後のSociety 5.0と呼ばれる社会においては、右脳的な価値観や体験価値をデジタルの世界で表現していくこと、そしてそれを助けるゲーミフィケーションの技術やノウハウが重要になることは必然と言えるでしょう。

 

これが、デジタルトランスフォーメーションの実現に対してゲーミフィケーションが不可欠と考えている理由です。そして、これまでゲームという仮想の世界で、非合理なもの、内発的動機を誘発するような体験を創造し続けてきた私たちだからこそ、今度は現実社会での課題解決においてその手助けができるのではないかと考えているのです。


この記事を書いた人

黒澤 裕之(くろさわ ひろゆき)

株式会社セガ エックスディー ゲームプランナーやモバイルアプリ・ソーシャルアプリを開発する企業でシステムエンジニアを経てセガへ入社し、新規事業の開発部門を担当。現在はセガ エックスディー 執行役員としてゲームやエンタテインメントサービスのノウハウを活用し、企業や社会の課題解決を実現するべく活動中。